ノースウェスト・スミス・シリーズは1930年代に書かれたスペース・オペラである。
以前、ハヤカワ文庫から刊行されていたときは、3巻に全13作が収録されていたが、近年刊行されたハードカバー版では1冊に全13作が収録されている。
いずれも短編であり、ストーリーそのものは案外単純というか、あっけなく決着がついてしまうのだが、シリーズ全体に漂う雰囲気が神話的で以前から好きだった。
このシリーズでは毎回のように宇宙的な美女が登場するのだが、ハヤカワ文庫版では松本零士がイラストを書いていて、これがイメージにピッタリだった。
代表作は「シャンブロウ」で、ギリシャ神話の相手をひとにらみするだけで石に変えてしまうメデューサをモチーフにしている。
火星の激昂する群衆から逃げてきた娘。群衆は「そいつを蹴り出せ。俺たちが始末してやる。」と言うのだが、ノースウェスト・スミスは娘を助けて自分の宿舎に連れ帰ってしまい、甘美な恐怖を味わうことになるのだった。
その他のストーリーもちょっと紹介すると・・・
「冷たい灰色の神」
金星人の歌姫ジュダイは三つの惑星(地球、火星、金星)きっての美女で、彼女が歌う「星のない夜」は宇宙的に大ヒットしたが、人気の絶頂にあったとき、ジュダイは忽然と姿を消してしまった。様々なスキャンダルが噂されたが、結局、わからずじまいで、やがて忘れられ過去の人となった。
ノースウェスト・スミスは火星の無法者の町でそのジュダイと出会った。
ジュダイは、彼女が姿を消したのは自分でもおさえきれない強い力によるものであり、それは愛よりも強いもので、それには抵抗できなかったと言った。
「愛よりも強いものとは何だろう?」
眠りにつく前に考えていたノースウェスト・スミスは、眠りに落ちかけた瞬間、その答えに思いあたった。
「死だ」
ジュダイに依頼されたものを手に入れて、ジュダイのもとを訪れたノースウェスト・スミスは、それまで一度もジュダイと視線を合わせていなかったことに気づく。それまで眼を伏せ、まつげも上げずに話をしていたジュダイが、まぶたを上げると・・・
「!」
すぐさま逃げ出したかったが、まじまじとのぞき込むことになった・・・
「失われた楽園」
ノースウェスト・スミスは古代民族セレス族の神官が奪われたものを取り返し、彼らの「秘密」を聞くことになった。
その昔、人類は時を超える力を持っていた。とはいえ、肉体を持って自由に過去や未来を行き来できたわけではなく、過去や未来の人間の記憶を通してその世界を見ることができたのだった。
神官の力によって、ノースウェスト・スミスは太古の時代、まだ大気があった頃の月から地球を眺めていることに気づく。月に住んでいた男の意識のうちにノースウェスト・スミスはいたのだった。
重力が小さく本来なら大気を保持できないはずの月に大気があったのは、そこにいた三位一体の神の力によるものだった。
しかし、その神は生け贄を必要としており、お召しがあれば、月の人間はその神の前にまかりでなければならなかった。さもなければ、月の大気は失われ、美しい月の都は破滅してしまうのだ。
愛する人と愛する世界を守るために男は三位一体の神の前へと進んでいく。
しかし、この男の意識のうちにあるノースウェスト・スミスは、このままでは自分も死んでしまうのではないかと気づく。
そして、悲劇が起こるのだった。