「クイーンII」と「オペラ座の夜」

今月は、久しぶりにクイーンのアルバムを集中して聴きまくっていた。 CDを買った当初に何回か聴いただけだった、最後のツアーとなった1986年のライブ「クイーン・ライヴ!!ウェンブリー1986」が中心だが、オリジナル・アルバムもすべて聴き返してみた。 オペラ座の夜(紙ジャケット仕様)クイーンの代表作というと、なんといっても「ボヘミアン・ラプソディ」であり、アルバムならば、「ボヘミアン・ラプソディ」を収録した「オペラ座の夜」というのが一般的だろうか。シングルがヒットした「マイ・ベスト・フレンド」やアコースティック・ギターによるフォークというかカントリーぽい「'39」やバラード「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」などバリエーション豊富で確かに良い。 クイーンII (紙ジャケット仕様)しかし、個人的に一番好きなアルバムは「クイーンII」である。「輝ける7つの海」というシングルヒットもあるが、特別に際立った曲があるというアルバムではない。だから、このアルバムから1曲だけピックアップして聴こうという気にはならない。が、アルバム全体としての完成度が高く、何度も繰り返し聴くことになった。個々の楽曲を取ってみれば「オペラ座の夜」がよいかもしれないが、アルバム全体で見ると、「クイーンII」がよい。「クイーンII」は、LPレコードの時代には、A面、B面ではなく、「サイド・ホワイト」「サイド・ブラック」と呼び、トータル・アルバムの手法でメドレー形式を取っていた。「ホワイト・クイーン」などブライアン・メイ中心の「サイド・ホワイト」と「マーチ・オブ・ザ・ブラック・クイーン」などフレディ・マーキュリーの曲でまとめた「サイド・ブラック」であり、見開きジャケットの外側は黒、内側が白となっている。 アルバムとしては「クイーンII」「シアー・ハート・アタック」「オペラ座の夜」あたりが特に好きだが、それ以降のアルバムがダメなどということはない。ヒットしたシングルはそれ以降のほうが多いだろう。アルバム中心からシングル中心へと変化していったということであろう。

青ヶ岳山荘のニューサイト

青ヶ岳山荘の新しいサイトが完成したようである。 旧サイトが突然閉鎖となって、山小屋の営業をやめてしまったのではないかと勘違いした人も少なくなかったかもしれない。 毎日見ていればそんなことはないが、普通の人は時々見る程度だから、気がついたらサイトが閉鎖されていたということになり、営業やめちゃったのか? と思ってもしかたがないところである。 ブログの方はその後もしばらくの間は残っていたが、ホームページがなくなってしまったのだから、ブログにたどり着けなかったという人も多かっただろう。 体制変更があったとはいえ、旧サイト・ブログの閉鎖にあたっては、新しいサイトの案内ぐらいはあってしかるべきだった。もっとも、新しいサイトが完成していなかったのだから案内しようがなかったということもあるが、ブログの「花き温室」では、昨年秋以降ずっと青ヶ岳山荘の情報を発信していたのだから、旧サイト閉鎖後はこちらへどうぞといった最低限の案内はすべきだった。何のアナウンスもなく、なんだか青ヶ岳山荘もこれで終わりと感じさせるような終わり方はよくなかった。 さて、新しいサイトにはブログへのリンクはないようだが、今後、最新情報はどのように発信していくのか? 基本的な山小屋の情報はホームページで、日々の最新情報はブログを見るのがよいのだろうか?

年中行事

いつもなら、この週末は山には行かないことになっていた。 しかし、今回は青梅マラソンに参加し損ねたので、昨日はもっけの幸いとばかり車山まで出かけていったのだった。 青梅マラソンは、私が所属するクラブの年中行事のようなもので、最近ではあまり集まる機会がなくなってしまったが、この日ばかりは多くのメンバーが顔を揃えるときでもある。 自分が選手として参加していたときは、いつも応援してもらったし、サポートもしてもらった。 だから、今回参加し損ねたからと言って、よそで遊んでいるわけにはいかない。 それで、今日は青梅マラソンの応援に行ってきた。 とはいうものの・・・ 走らない人は午前中からお酒飲んでいた。(近くの公園に陣取っているので、当然、屋外であり、日が差せば暖かいが、日が陰ってしまうとちょっと寒い。) 近年、高齢化が進んだことや故障により走れなくなった人とかもいて、選手より応援の方が多くなってしまった。(ちなみに私が一番若い。) また、定員に達して早めにエントリー受付を終了したため走れなかった人が他にもいた。(やっぱりな~!) しかし、こういう大会というのはやっぱり走ってこそなので、なるべく多くのメンバーに走ってほしいものである。(ってお前が言うか!?)

ら抜き表現

若い人たちが当たり前のようにら抜き表現をしているのをみると、今時の若い人はこんなもんなんだろうな~と思う。 言葉は時代と共に変わっていくものだから。 しかし、いい年した人が「見れる」とか「食べれる」なんて書いているのを見たりすると、なんだか教養のない人のように感じられてしまったりもする。 私はというと、だいたい気をつけているので、ら抜き表現はしない・・・と言いたいところだが、ときどきパソコンで日本語入力していると、ATOKに「ら抜き表現」と怒られることがある。「一太郎」と共に毎年進化しているATOKだが、いつの頃からか、ら抜き表現をすると、すかさず指摘してくれ、打ち直すことなく簡単に修正できるようになった。 おかげで、ら抜き表現の文章を書くことはほとんどなくなった・・・かな?

失敗に学ぶ

職場で失敗学の話を聞いた。 といっても、チラッと聞いただけで詳しく聞いたわけではない。 これまでの人生、失敗の連続だった。 振り返ってみると、私の人生の80%は失敗だったのではないか? いったい何度失敗を繰り返したら気が済むのか? やり直したいと思うことが多すぎる。 いっそ、最初からやり直したい。 無理なことだけど。 しかし、失敗を恐れ、恥じ、隠すよりも、失敗に学んで、プラスに転じていくことが大事である。 失敗してしまったものはしかたがない。なかったことにすることはできないのだから、失敗に学んで良い方向に持っていくよう心がけよう。