昨年の夏、計画していたものの、実現せず。今年の夏も行けなかった。が、最後のチャンスに賭けてみることにした。
剣山荘の営業は10月12日までということだった。
3連休は天気も良さそうだし、これはいいと思ったのだが、予報を見ると、富山方面は連休初日は雨らしい。2日目からは晴れなので、行ってみることにした。
信濃大町からアルペンルートで室堂へ向かう。
扇沢に着いた時点では天気は良さそうだった。予報ははずれたか! と思ったのだが・・・
黒部ダムに行ってみると、立山方面は雲がかかっていた。やっぱり、晴れとはいかなかったか・・・
室堂はやっぱりガスがかかっていて、展望なし。
8時17分、室堂を出発。
まずは一ノ越を目指して歩いていった。
室堂から一ノ越までは石畳の道で登山道というよりも遊歩道である。
8時51分、一ノ越に到着。ここまでは順調に進んでいた。
一ノ越からは普通の登山道で傾斜も急になる。
見るべき物もなく、ひたすら登っていく。
やがて、雄山山頂の三角点に到着。その少し前から雨(というかあられか?)が降ってきた。時計を見ると、12時18分だった。
えっ!? おかしい!
一ノ越から3時間以上かかったなんて嘘でしょう?
単調な登りだったが、そんな長時間かかったはずがない。
室堂を出発した時間を勘違いしていたのか?
いろいろと考えてみるが、どうも納得いかない。
夜行でほとんど眠れなかったので、登山中にどこかで眠っていたとでもいうのだろうか?
しかし、室堂から雄山まで一度も休憩などしていないのだ。
とはいえ、どんなに納得いかないとしても現実を直視しなければならない。
雨を避けてしばらく休憩し、雨具を着た。
出発前には雨がやんでいたので、山頂の証拠写真だけ撮っておいた。
室堂→雄山→大汝山→真砂岳→別山→別山乗越→剣山荘
12時44分、雄山を出発。
大汝山を目指す。
休憩所の建物には気がついたが、そのまま歩いていき、次に道標を見たところが富士ノ折立だった。行き過ぎに気付いて引き返す。
先ほどの休憩所の脇からひと登りで大汝山の山頂である。1時23分だった。
ガスがかかって何も見えないが、とりあえず証拠写真だけ撮る。
1時30分、大汝山を出発。
富士ノ折立からはしばらく下る。
ところどころで分岐があったので、地図で確認しながら歩いていく。
しかし、一旦はやんでいた雨が再び降り始め、風も強くなり、かなり嫌な状況になってきた。
1日目の行程は時間的に十分な余裕があると思っていたが、予想外に時間がかかっており、この分では剣山荘に着くのは夕方になってしまう。
まったく信じられない状況である。
雄山から先、会う人も少なかったのだが、軽快に歩いていく人に抜かれたりして、やはり私のペースが遅いということか。
2時8分、真砂岳に到着。
この時間を考えれば、エネルギーを補給すべきなのだが、予定より大幅に遅れており、天候も悪いので、立ち止まる気もしない。意識朦朧とまではいかないが、かなり悪い状況になっていた。
2時45分、別山に到着。
さらに歩き続けて、やがて別山乗越の剱御前小舎に到着。
休憩は取らずにそのまま剣山荘目指して歩いていった。
斜面をトラバースしながらの下りなので、きつくはないが、まだまだ長かった。
「もう少し」という標識を過ぎてもなかなか到着せず、どれだけ歩けばいいのかわからなかったが、やがて唐突に目の前に小屋が現れた。
4時11分、なんとか剣山荘にたどり着いたのだった。
疲れきって小屋に入り、受付をしているときに、小屋の時計が目に入った。
1時半を指していた。
へっ!?
腕時計をよく見ると、1990年1月1日になっていた。
やっとわかった。
バッテリー切れか何かで、時計が一度リセットされてしまったようである。
というわけで、雄山以降の時間はすべて間違いである。
剣山荘に着く頃、本降りの雨となっていたが、その後、雨は雪に変わった。
雪になると剱岳に登るのはむずかしくなってしまう。
夕食時、富山県警の人の話があった。
要は雪になったため、明日は凍結して、剱岳はたいへん危険になるので、登らないで・・・ということである。
せっかくの3連休に高いお金を出してアルペンルートを利用していったのに、目的を果たせずに帰るというのは残念なことである。初日は雨でも2日目は晴れると思ったから行ったのに、晴れても登れないとは・・・