小田急の電車から眺める大山は、低いところに少し雲が流れていたが、概ね晴れていて、登山日和と思われた。しかし、秦野から表丹沢の山並を見ることはできなかった。こちらはくもっていたのだった。しかし、二ノ塔あたりは頭をのぞかせていたので、お昼頃には晴れるのではないかと思った。ガスがかかっているということは、霧氷がついている可能性がかなりあり、上に着く頃に晴れてくれればちょうどいいというものである。
出発時間はちょっと遅めだったので、あっさり大倉尾根を登るという案もあったのだが、少し前に登ったばかりだし、今回は戸川林道を戸沢へ向かうことにする。
戸川林道も今日は雪景色だが、林道上はたいした雪はなかった。木の枝に積もった雪が落ちてくるので、写真を撮るにもうっかり変なところで立ち止まるわけにはいかない。
戸沢から政次郎尾根を登ろうかとも思ったのだが、最近書策新道を登っていなかったので、今回は書策新道を登ることにした。書策新道はすでに誰か登っていった足跡がついていたが、1人分の足跡しかなかった。
登っていくにつれて雪が増えていったので、本谷F5上の河原でスパッツを付けることにした。
書策新道は、本谷を横切るあたりまでは順調に進んだのだが、その後ちょっと手こずることになった。足跡がついているので、迷うようなことはないのだが、登っていくにはどうしても手を使わなければならない部分が多くなってくる。しかし、私の前にはたった1人が登っていっただけ。昨日降ったばかりの新雪だから、木をつかむにも岩をつかむにも、雪がついていないところはほとんどない。手袋を濡らさないようにと思うと遅くなる。手袋に雪がつくたびに払い落とし、木の枝から降りかかった雪を払ったりで、手間取った。やはり、今回は政次郎尾根を登るべきだったか?
思いのほか苦労して、表尾根に上がると、あとは楽ちんだった。表尾根の登山道は歩く人も多いから、すでにしっかり踏まれており、快適な雪道だった。
予想どおり、霧氷もついていたから、写真を撮っていくことにしたのだが、問題が一つあった。手袋が濡れて、まともに指を通せなくなっていたのである。そのため、写真を撮るには手袋をはずさなければならず、写真を撮る短時間の間にも手がかじかんでしまう。だから、あまり何度も何度も写真を撮る気にもならなかった。(ちなみに、手袋は指先が凍ってきたようなので、手袋の中で手をグーにして指先を温めていた。)
お昼には晴れるだろうなんて予想ははずれ、塔ノ岳の山頂も寒々として、ほんの数人の登山者がいるだけだった。とりあえず尊仏山荘に入って、手袋を暖めようと思っていたのだが、ちょっと時間が遅くなっていたので、やめにして、そのまま鍋割山へと向かった。
金冷シまでは下りだから、さっさと駆け足で下りていく。特に滑る心配もなかった。
鍋割山稜もところどころで霧氷を見ることができたが、写真を撮る気にはなれず、先を急いだ。
鍋割山に到着すると、すぐさま小屋に駆け込んで、ストーブにあたる。コーヒー飲んで落ち着くのはしばらくしてからだ。(手袋はストーブで乾かした。)
もう一人やって来たお客さんが帰ろうとしたところ、日が差していた。すると、山頂の霧氷がきれいだということで、すかさず外に出て写真を撮る。やはり霧氷は青空をバックにして見るのがきれいである。時刻はすでに3時半ぐらいになっていたので、他の登山者はみな下山した後である。草野さんを含めて3人だけで霧氷を楽しんだ。
5時頃には大倉に着いていたいから、写真を撮り終えるとさっさと下山。後沢乗越までは雪道を快適に下っていく。その後、多少滑りやすそうなところもあったので、そんなところは注意しながらゆっくり下り、西山林道に下りる。
西山林道は雪景色を楽しみながら大倉まで走っていった。
くもりのち晴れという天気は、霧氷を見るには絶好の天気と言える。
今回は、晴れるのがちょっと遅かったので、晴れる前に下山してしまった人が多かったわけだが、書策新道で手間取ったおかげで、きれいな霧氷を楽しむことができたのはラッキーだった。
アイゼンを使う必要はなかったが、手袋の替えは持っていくべきだった。大倉尾根なら必要ないだろうが、書策新道のようなコースを新雪のときに歩くなら注意すべきだった。(反省)