鳳凰三山と甲斐駒ヶ岳

日付 :2000/07/29-2000/07/31
コース:夜叉神峠登山口→鳳凰三山→北沢峠→甲斐駒ヶ岳→北沢峠

 8時28分、甲府駅で電車を降りると、急いでバスの乗り場に向かった。バスの発車までは時間は十分あったが、早く並んで座りたかったからである。
 バス停に並んで荷物を置き、時間があったので、マクドナルドへ行って、軽く食事をした。いちおう家を出る前に食事はしたが、この後山へ登ることを考えてのことである。
 夏山シーズンということで、広河原行きのバスにはけっこう大勢の人が乗ることになり、バスは2台出ることになった。早めに並んでいたので、しっかり座ることができた。また、途中で下りるので、出口に近い、1番前の席に座った。
 午前9時、広河原行きのバスが発車。運賃はバスの中で車掌が集めて回った。夜叉神峠登山口までは1380円である。
 甲府から広河原までは約2時間かかるが、夜叉神峠までは1時間14分ほどである。バスは、途中、トイレ休憩をとっていった。ほとんどの人が広河原まで乗っていくようであった。

 10時20分、夜叉神峠登山口からスタート。
 午後4時までに薬師岳小屋へ登らなければならないが、コースタイムは約7時間ということで、コースタイムより1時間半ほど早く歩いていかなければならない。それで、最初からけっこう速いペースでとばしていった。始め、ちょっと傾斜がきついかと思ったが、それほどでもなかった。コースはよく整備されていて歩きやすかった。しかし、普段丹沢を歩いて回るのとはわけがちがった。いつもよりも荷物が重いのである。そのため、歩きやすいコースだからといって、走っていくというわけにもいかなかった。
 最初の目標は夜叉神峠。コースタイムは1時間ということなので、40分ぐらいで登れればいいと考えていた。夜叉神峠到着は10時49分だった。コースタイムの半分の29分で登ったのだった。晴れていれば白峰三山の眺めがいいらしいのだが、くもっていてまったく見えなかった。夜叉神峠にはけっこう人がいたが、休憩せずにそのまま先に進んだ。
 いったんちょっと下って、再び登り始める。次の目標は杖立峠である。11時31分、杖立峠の道標のところで、ちょっと水を飲んだ後、先へ進む。しかし、本来の杖立峠はもう少し先のところであり、そちらには道標はなかった。夜叉神峠から杖立峠のコースタイムは2時間となっているので、とにかく、いいペースで進んでいたことは確かである。
 次なる目標の苺平には12時24分に到着した。コースタイムは登山口から5時間となっているのだが、2時間4分で登ったのだった。この後コースタイムどおりのペースで登ったとしても薬師岳小屋には3時までには到着できるので、すっかり余裕ができた。苺平のあたりではバイケイソウを見かけた。
 苺平でちょっと休憩し、12時27分に出発。次の目標である南御室小屋までは辻山の東側を巻いて下るので、楽なコースだった。南御室小屋の手前に山小屋の案内板があった。薬師岳小屋に予約している人は、ここで入山チェックを受けるようにということだった。
 12時46分、南御室小屋に到着。受付で入山チェックを受けた。ここには水場があったので、水を汲んでいった。時間的に十分な余裕があったし、すでに12時を過ぎていたので、ここでおにぎりを食べたりした。

 午後1時、南御室小屋を出発。それまでの登山道とはうってかわって急な登りで始まった。やがて、森林限界を抜けて、巨岩が並ぶ砂払岳に着いた。巨岩を越えていくと、目の前に薬師岳が現れた。砂払岳と薬師岳の間の樹林の中に薬師岳小屋が建っていた。

薬師岳と観音岳
薬師岳と観音岳(左奥)

 1時55分、薬師岳小屋に到着した。コースタイムの半分で到着したのだった。地図を見て、どうしてこのコースで7時間もかかるのかと疑問に思っていたのだが、重い荷物を背負って歩けば、これぐらい見ておく必要があるということだろうか。
 まずは受付。食事は2食とお弁当を付けてもらうことにした。料金は8500円である。しかし、お弁当はいらなかったか?
 中に案内されていったが、混んでいるこの時期、布団は2人で1枚ということで、最初から覚悟していたが、かなり窮屈である。

 少し休んだ後、薬師岳に登っていった。
 薬師岳の山頂は白い砂に岩塔があり、まさしく日本庭園のようなところ。くもっていて展望が利かなかったのが残念なところである。雨が降ってきたので、山小屋に引き返したが、雨はたいしたことはなく、その後まもなくやんだようである。
 夕食は2回目で6時からだった。それで、それまでの時間、砂払岳に登っていたのだが、夕方になって次第に雲が切れて、少しずつ周囲の山々が見え始めてきた。白峰三山も間ノ岳や農鳥岳などが見えてきたのだが、北岳だけは雲がかかってしまっていた。日が差してきたのだが、太陽を背にして立つと正面の雲に丸い虹が見え、その中央に自分の影が見えるブロッケン現象が見られた。
 夕食はカレーシチューだった。山小屋の食事にはあまり期待はしていなかったが、悪くはなかった。
 7時過ぎ、すでに日は沈んでしまった後だが、北岳にかかっていた雲も取れて、白峰三山が黒い稜線として見えた。
 午後8時、消灯となった。
 消灯となっても、山小屋ではなかなか寝付けないものである。1枚の布団に2人ということで、寝返りもうてない窮屈なところなのだからしかたがない。それでも、今回は今までの場合よりは眠れたほうだろうか。


(2日目)
 山小屋の朝は早いもので、午前3時半頃から起き始めていた。
 朝食は山小屋で取らず、お弁当にしてもらって、昨夜のうちにもらっているようである。
 山小屋の朝食は5時からということだったが、日の出が4時50分過ぎということだったので、食事の前に砂払岳に行って、御来光を見ることにした。
 4時50分過ぎ、雲海の上に日が登ってきた。普通なら日の出から1分くらいは太陽がまぶしくならないので、写真も撮りやすいのだが、今回はしばらくは雲海に隠されてしまっていたため、雲海の上に出るとすぐにまぶしくなってしまった。写真に撮るチャンスもごく短い時間しかなかった。
 南のほうには富士山が見えたが、頂上付近に少し雲がかかっていた。北岳はというと、やっぱり雲がかかってしまっていた。
 5時から、朝食。朝食は簡単なものであった。
 お弁当を頼んでいたので、食事が終わってもすぐには出発できず、お弁当をもらってから出発することになった。

 5時55分、薬師岳小屋を出発。
 6時ちょうど、薬師岳山頂に到着。ここから鳳凰三山の縦走が始まる。
 白砂の敷き詰められた道を観音岳に向かう。北岳にかかった雲は取れなかった。左手には雲が流れており、右手からは日が差していた。すると、左手の雲に丸い虹が現れ、短時間だがブロッケン現象を見ることができた。写真を撮ろうとしたのだが、そのときは薄れてしまい、残念。
 6時20分、観音岳に到着。大きな岩を積み重ねたような山頂は展望も良かった。前方には薬師岳のオベリスクが見え、振り返れば、薬師岳とその向こうには富士山が見えた。しかし、それ以外は雲がかかってあまり見えなかった。

地蔵岳
地蔵岳(観音岳から)

 観音岳の山頂でしばらく展望を楽しんだ後、6時32分、地蔵岳に向かって出発した。稜線の東側は雲海で、おそらく金峰山のあたりで少し頭が見えている程度で、それ以外は雲しか見えなかった。
 7時14分、賽ノ河原に到着。鳳凰三山のシンボル、地蔵岳のオベリスクは間近である。オベリスクに登ることはできないが、オベリスクの基部までは行くことにした。オベリスクの途中までは登ることができるようで、けっこう登っている人たちもいた。

オベリスク
地蔵岳・オベリスク
オベリスク
地蔵岳・オベリスク

 早川尾根へ行くには、いったんアカヌケ沢ノ頭に戻らなければならないのだが、ちょっと勘違いをして、時間をロスしてしまった。7時49分頃、賽ノ河原を出発し、アカヌケ沢ノ頭の頭から早川尾根へ向かったのは7時54分だった。
 鳳凰三山を縦走する人のほとんどは地蔵岳から青木鉱泉のほうへ下りていくため、早川尾根のほうに行くと、めっきり人が少なくなった。
 8時26分、高嶺に到着。少し休憩して、8時30分に出発するが、どうも今回ペースが遅かった。早川尾根の稜線を見ると、けっこうアップダウンがあり、思ったほど楽ではなさそうである。
 9時1分、白鳳峠に到着。ここから南アルプス林道に下りるコースもあるのだが、ここでは下りずに、広河原峠へ向かうことにした。そして、白鳳峠から広河原峠までの区間での様子をみて、きつそうだったら広河原峠から下りるということにした。
 9時6分、白鳳峠を出発。赤薙沢ノ頭までは登りとなるのだが、昨日の疲れもあり、けっこうきつかった。赤薙沢ノ頭で甲斐駒ヶ岳が見えたので、写真に撮ろうとしたのだが、雲に隠されてしまい、しばらく待ったものの、晴れそうもなかったので、あきらめた。このあたりで、すでにけっこう疲れていたので、広河原峠から南アルプス林道に下りてしまうことにした。各区間コースタイムより多少は早く歩けるものの、それなりに休憩も必要であり、その先の登りも考えると4時までに長衛小屋にたどり着けるかどうか心許ないものがあった。そして、たとえ予定どおりにいったとしても、明日は甲斐駒ヶ岳に登らなければならないのである。甲斐駒ヶ岳へは1000mも登らなければならず、しかもけっこう傾斜がきつそうなので、疲れた体ではコースタイムどおりに歩けるかどうかもわかったものではない。とにかく、ここで無理をしてもしかたがないので、早川尾根の縦走はあきらめて、南アルプス林道に下りることにした。

 なお、薬師岳のあたりでも見かけたが、けっこうシャクナゲの花が咲いていた。ハクサンシャクナゲだろうか?

ハクサンシャクナゲ
ハクサンシャクナゲ

 10時17分、広河原峠に到着。ここから南アルプス林道に下りていった。
 この下りはけっこう急な長い下りで、いつまでたってもゴールは遠く、うんざりするほどだった。コースタイムは下りで2時間30分となっており、2344mのところから一気に1600mぐらいのところまで下りていくのだからたいへんである。
 延々と下っていくと、やがて、沢の流れが始まり、それからしばらくして、ようやく南アルプス林道に下り立つことができた。11時32分だった。
 ここから長衛小屋まで南アルプス林道を走っていくことにした。だらだらとした登りで、ゆっくり走っていたということもあるが、けっこう時間がかかった。半分以上走って、野呂川出合のところでバスを待っている人たちがいたのだが、バスには乗らずにそのまま長衛小屋まで走っていくことにした。しかし、そこからまだかなりの時間がかかったのだった。
 いい加減うんざりしたのだが、ようやく長衛小屋へ向かう道への分岐についた。
 午後1時11分、長衛小屋に到着した。小屋の前の河原はキャンプ場になっているので、キャンプ場でテントを張っている人も多かった。長衛小屋の前には洗い場もあり、水道が引かれていたので、水を補給することもできた。
 長衛小屋に着くと、さっそく受付を済ませた。今回はお弁当は頼まず、2食付きで7000円だった。私の寝る場所は下駄箱の裏側にある階段を上って、2Aの9番と10番ということだった。2つの番号ということは、布団1枚に2人ではなく、1人で寝られるということである。当然、今夜も窮屈な思いをすることになると思っていたのだが、畳1畳分のスペースが与えられたわけであり、ラッキーだった。
 ちょっと遅くなったが、薬師岳小屋で作ってもらったお弁当を食べた。
 長衛小屋では特に食べ物や飲み物を販売していなかったが、小屋の前に自動販売機があり、ビールやジュースを買って飲むことができた。
 昨日と今日の疲れもあったので、昼間から少し寝ていた。また、明日の甲斐駒ヶ岳に備えて、少しでも疲れを取ろうと、簡単なストレッチをやったりもした。
 予約なしで来た人がいたが、予約なしの人は泊まれないということだった。北沢峠付近の山小屋はほとんどいっぱいのはずなので、泊まれるのは仙丈小屋だけといううわさだった。いつもそうなのかどうかわからないが、とにかく今日は、1枚の布団に2人というようなことはしていなかったのだった。2階にはまだ若干のスペースが残っていたので、泊めようと思えば、あと数人は泊めることもできたはずだが、予約のない人を断っていたのだった。
 一時、雨も降ってきたが、たいしたことはなくて、そのうちにやんだ。
 夕食は午後5時からだった。山小屋の食事とは思えない、かなりしっかりしたものであった。
 長衛小屋の消灯は午後7時だった。まだ外は明るい時間だから、随分早いという気もするが、2時半には起きると言っている人たちもいたので、早過ぎるということはなかったのかもしれない。7時前から大いびきをかいて寝ている人もいたのだった。
 なお、ここに泊まる人は甲斐駒ヶ岳と仙丈岳の両方に登る人が多かったようである。2泊して、両方の山に登るのが一般的なのだろう。
 消灯になったからといって、そう簡単に眠れるわけでもなかった。隣の部屋からはいびきが聞こえてくるし、なかなか寝付けなかったが、それでもこれまで他の山小屋で泊まったときと比べれば、よく眠れたほうである。


(3日目)
 2時半に起きるという人たちがいたが、それは本当だったようで、3時には荷物をまとめて、外に出ていった。朝食は山小屋で食べないで、前夜のうちにお弁当を作ってもらうという方法である。私もそうすれば良かったかと思ってももう遅い。
 外に出てみると、満点の星空だった。山の上ではないので、小屋の前から見える星空は限られており、知っている星座を見つけることはできなかったが、町中とは違って、星の数が非常に多かった。空は晴れ渡っているようで、最終日は好天が期待された。
 朝食は5時からだが、それまでに出発の準備は整えていた。
 しっかりと朝食を取った後、長衛小屋を出発。5時25分だった。3時に起きたときは満点の星空だったが、5時になったら、かなり雲が出ていた。はたして甲斐駒ヶ岳の写真をしっかり撮れるかどうか心許ないところである。
 まずは、沢沿いに仙水峠へ向かう。仙水峠まではなだらかな登りであり、登りがきつくなるのは、仙水峠からである。したがって、仙水峠までは余裕を持って歩いていけないようだと、その後がたいへんということになる。3日目ということで、2日間の疲れが気になるところだが、スタートはまずまずであった。仙水小屋の前には水が引かれていたので、コップに1杯水を飲んでいった。
 樹林帯を抜けると、左手は岩塊の斜面となり、岩がごろごろした道をいくようになった。
 6時1分、仙水峠に到着。目の前に摩利支天がそびえ立っていた。くもってしまうにしても、せめて仙水峠から甲斐駒ヶ岳と摩利支天を写真に撮っておきたいと思っていたのだが、甲斐駒ヶ岳は雲に隠れてしまっていた。雲が切れないかと少し待ったが、だめだった。
 それで、しかたなく、6時9分、駒津峰へ向けての急な登りにとりかかった。地図を見ても、等高線が込みあっていてかなりの急登と思われたが、実際にはジグザグに登っていくことになるわけで、特別きついということもなかった。どうやら疲れも取れたようで、普段どおりの快調なペースで元気に登っていくことができた。昨日無理しなかったのがよかったのだろう。
 樹林の中を抜け出し、頭上が開けてくると、甲斐駒ヶ岳と摩利支天が見えてきた。写真を撮ろうと思うのだが、雲が流れていて、山にかかってしまうし、そうかと思うと、太陽が出てきて逆光になったりとなかなか撮れない。一度はシャッターを切ったものの、その直前に太陽が出てしまい、失敗してしまった。しかし、いつかきっとチャンスは訪れると信じて登っていった。
 6時56分、駒津峰に到着。展望の良いところなので写真を撮ろうと思うのだが、やはり雲のせいで、なかなか甲斐駒ヶ岳の写真が撮れなかった。しかし、けっこう天気は良くなってきており、鋸岳のほうがよく見えたりもした。
 写真を撮るためしばらく休憩した後、7時6分、駒津峰を出発した。
 駒津峰からいったん下った後、頂上へ向けて登っていくことになるのだが、尾根どおしのコースと巻き道に分かれる。尾根どおしのコースは岩場があるため初心者には危険ということだったので、巻き道を行った。
 摩利支天分岐点のあたりからはザレ場の登りである。
 そして、7時55分、ついに甲斐駒ヶ岳の山頂に到着した。
 山頂はくもっていて、展望はまったくなしである。摩利支天すら見えなかった。せっかく甲斐駒ヶ岳に登ったので、山頂にいた人にカメラのシャッターを押してもらった。
 しばらく山頂にいたのだが、束の間、雲が切れて、富士山の上のほうが見えた。少し待っていると、鳳凰三山の一部や仙丈岳など、だんだん景色が見えるようになってきた。富士山の手前には地蔵岳なども見えたが、雲が流れており、なかなか富士山と地蔵岳が一緒に見えるタイミングが得られなかった。北岳のあたりには雲がかかっており、北岳の方から左の方に雲が流れていた。
 甲斐駒ヶ岳の山頂は風が強く、半袖のTシャツでは寒くて、ジャージを着ることになった。それでもちょっと寒くて、鼻水がでてくるほどだった。
 山頂でしばらく休憩した後、下山開始。8時30分である。
 摩利支天への分岐まで下りていくと、摩利支天へよっていくことにした。8時59分、摩利支天に到着。登りのときはくもっていたので、摩利支天によってもしかたがないかと思ったが、次第に晴れてきたので、摩利支天によっていくだけの甲斐はあった。摩利支天からは甲斐駒ヶ岳が迫力を持ってそびえ立っていた。また、次第に天気がよくなってきていたので、仙丈岳もだいたい雲がとれてよく見えた。9時5分、摩利支天を出発。

仙丈岳 甲斐駒ヶ岳
仙丈岳(摩利支天から)(左)・甲斐駒ヶ岳(摩利支天から)(右)

 9時38分、駒津峰に到着。すっかり晴れ間が広まり、甲斐駒ヶ岳もしっかりと写真に撮ることができた。

甲斐駒ヶ岳
甲斐駒ヶ岳と摩利支天(駒津峰から)

 9時45分、駒津峰を出発。帰りは仙水峠には下りず、双児山経由で下りていった。双児山への下りでは、前方に仙丈岳を見ながら下っていくので、眺めがよかった。
 ハイマツ帯を下っていき、10時10分、双児山を通過。
 その後、樹林の中に入り、ひたすら下っていくが、この下りもずいぶんと長かった。
 そして11時4分、北沢峠に到着した。下りたところがバス停で、大勢の人がバスを待っていた。
 北沢峠を11時15分発のバスに乗っていった。バスは荷物代込みで750円だった。小さいバスで1台しか出なかったので、満員だった。しかし、25分ほどなので、大したことはなかった。
 広河原から甲府まではバスで2時間かかるので、座っていきたかった。広河原でバスを降り、甲府行きのバス停へ向かって歩いていった。バス停に行ったら、マイクロバスが甲府までバスと同じ2000円でいくというので、そちらに乗っていくことにした。バスを待たずにすぐに乗れて、しかもバスとほとんど同じ料金でいいというので、甲府行きのバスに乗ろうとしていた人はほとんどマイクロに乗っていくことになった。
 マイクロはけっこうとばしていると思ったら、甲府には1時ぐらいに着いてしまった。バスを待っていたら、1時間は遅かっただろう。北沢峠は標高が2000mぐらいあるから涼しかったが、甲府は暑かった。この3日間暑いところを逃れて、涼しい思いをしていたので、この暑さはちょっと応えるものだった。
 家に帰って気がついたのだが、ペットボトルが気圧の関係でへこんでいた。最初は押しつぶされたのかと思っていたのだが、そうではなかったようで、ふたを開けると音を立てて元に戻った。特に空っぽのペットボトルは相当へこんでおり、そんなに違うものとは夢にも思わなかった。

丹沢・駆け巡り > 山行記 > 2000/07/29-2000/07/31(鳳凰三山と甲斐駒ヶ岳)